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母が私を忘れても、私は母を忘れない

魂の整理術占術師・真巳華(まみか)です。 私には93歳になる母がいます。 認知症を発症して13年。 現在はグループホームで暮らしています。 私は仕事をしながら 週に2~3度、母に会いに行きます。 食事の介助をしたり 部屋の整理や整頓をしたり 必要なものを持っていったり。 そして、母と話します。 ただ、今の母は私のことを「娘」とは理解できていません。 ヘルパーさん?くらいに思っているのかもしれません。 わかる?名前覚えてる? そう聞いても以前のような答えは返ってきません。 正直に言えば寂しいです。 長い人生を生きてきて 親子として過ごしてきた時間があるのに その関係を母の記憶の中から少しずつ失っていく。 これは介護をする側にしかわからない 切なさの一つなのかもしれませんね。 そして、3年前、父が亡くなりました。 母にとっては長年連れ添った夫です。 でも母は父が亡くなったことも理解していません。 父が亡くなった時に私は母に 私のお父さんが亡くなったんだよと言ったら そうなの、大変ねという返答。 私は一瞬、言葉に詰まります。 本人が理解できない事実は伝えることって必要なのか。 そんなことを考えました。 葬祭業という仕事。 たくさんの方の最期を見送り葬儀をお手伝いしてきました。 そんな私が父の時には自分の手で父を納棺しました。 そして自分自身で父の葬儀をしきりました。 葬祭の仕事をしているからできたこと。 そう言えば簡単ですが 娘として父を納棺するというのはやはり仕事とは違いました。 父の身体に触れながら ありがとう お疲れさま そんな思いが込み上げてくる。 プロとして冷静でいなければと思う自分と 娘としての自分。 その二人が同じ場所にいました。 母はその葬儀に参列することができませんでした。 母にとっては夫との最後のお別れです。 でも、その「最後のお別れ」が 母の記憶には残っていないんです。 最近、少し違う見方もできるようになりました。 もしかしたら「覚えていること」だけが その人の人生ではないのではないか。 母が父の死を覚えていなくても 父と過ごした年月まで消えるわけではありません。 私を娘として認識できなくても 母と私が親子として生きてきた時間まで なくなるわけではありませんから。 記憶から消えてしまったからといって 「なかったこと」になるわけではない。 これはとても大切なことですよね。 介護の現場ではこんなことが起こります。 「ご飯はまだ?」 さっき食べたばかりなのにまた聞かれる。 「あなた、誰?」と聞かれる。 その言葉を聞くたびに胸がチクッとする。 そのたびに思うのです。 私は母を知っている。 母が私を忘れても私は母を忘れない。 母が私を娘だと認識できなくても 私は母の娘です。 そこは、誰にも奪えません。 だから私は母に会いに行きます。 食事を手伝う。 部屋を片づける。 「寒くない?」 「これ持ってきたよ」 「また来るね」と声をかける。 母が私を娘として認識できるかどうかだけを 面会の成果にしない。 母が笑った。 今日は機嫌がよかった。 それだけで十分な日もあります。 帰り道に寂しくなる日もあります。 自分は何のために頑張っているんだろう と思うことだってあります。 介護する人は大切な親でも疲れる。 優しくしたくても余裕がない日がある。 もう勘弁してよと思うことだってある。 それでいいんです。 介護する人も人間ですからね。 親なんだから全部やるとか 家族なんだから我慢する 私が頑張れば何とかなるという考え方は危険ですから。 グループホームのスタッフの方に支えていただく。 介護サービスを利用する。 人の力を借りる。 親を大切にし続けるために自分も守る。 それも介護なのだと思います。 母を見ながら私は自分の未来についても考える。 もし私が認知症になったら? もし自分の大切な人のことがわからなくなったら? もし誰かの手を借りなければ食事ができなくなったら? 考えると決して他人事ではありませんね。 今は自分で食べられる。 自分で歩ける。 自分で仕事に行ける。 自分で好きなものを買える。 自分で人生を決められる。 でもそれが永遠に続くとは限りません。 だからこそ元気なうちに 自分で決められなくなった時には 誰に何を託すのかを準備しておかなければと。 私が葬祭業や終活の仕事を通して伝えてきたこと。 終活は最後まで自分らしく生きるための準備。 自分で歩けること。 自分で食べられること。 誰かの顔を覚えていること。 好きな人の名前を呼べること。 「ありがとう」と言えること。 「またね」と言えること。 全部、当たり前ではないから。 人生には 自分で選べることと選べないことがありますよね。 老いも、病気も、認知症も 事故も災害も すべてを自分の力で避けられるわけではありません。 でもそうなった時どう生きたいのかを考えることはできます。 母が私を忘れても私は母を忘れない。 母が父の死を理解できなくても 父と母が夫婦として生きてきた時間は消えない。 人の人生は記憶だけでできているのではない。 誰かと過ごした時間。 誰かを愛した時間。 誰かに愛された時間。 誰かを支えた時間。 それらはその人の人生に確かに刻まれていますから。 介護は できなくなったことを補うことだけではないと思うんです。 その人が生きてきた人生を最後まで尊重すること。 介護する自分自身の人生も決して置き去りにしないこと。 母の人生は母のもの。 自分の人生は自分のもの。 それぞれの人生を大切にしながら 今できる範囲で寄り添う。 母が私を「娘」とわからなくても 今日も母のところへ行く。 「ママ、来たよ」 たとえ母の記憶に残らなくても その時間を過ごした事実は消えません。 いつか私が誰かに支えられる日が来た時 迷惑をかけたくないと意地を張るのではなくて ありがとうと言える人でありたい。 誰かを支える時には 全部私がやらなきゃではなくて 一緒に考えようと言える人でありたい。 人は一人で生まれて一人で生きているように見えて 実は人生の最初から最後まで誰かに支えられています。 介護する。介護される。 どちらもいつかの自分かもしれない。 だから人に優しく自分にも優しく。 できることは自分で。 できないことは人に頼る。 伝えられるありがとうは伝えられるうちに。 母が私を忘れても私は母を忘れない。 それは母からもらった人生を ちゃんと覚えているということだから。 そして母のそばにいる時間は 母の人生を支える時間であると同時に 自分自身がどう生きて、どう老いて どう人生を終えたいのかを考える時間でもあるんですから。 真巳華 ご予約はこちらから↓ https://coubic.com/hoshiyomido-nakano/2449926/book/course_type?staffCanonicalId=277782 インスタはこちらから↓ 真巳華 | 魂の整理術・占い師 | ほしよみ堂(@mamika_kokoro_pro) • Instagram X(エックス)のフォローはこちらから↓ 真巳華・ほしよみ堂 (@marin512mama) / X                今までの投稿ブログはこちらから↓                         真巳華 | 中野でよく当たる占い館|ほしよみ堂中野店

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