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生きよ、堕ちよ!!!

「生きよ、堕ちよ」 

堕落の底で、人はようやく自分に出会う
―
坂口安吾『堕落論』が照らす人間の生

一九四五年、日本は終戦を迎えた。
それは単に戦闘が止んだというだけではない。
人々を支えてきた価値観そのものが、音を立てて崩れ落ちた瞬間だった。

半年前までは「醜の御盾」として死を厭わず、
大義のために散る覚悟を固めていた若者が、
敗戦の翌朝には闇市で肩をすぼめ、
飢えをしのぐために必死で働いていた。

その若者に心を尽くし、祈りを捧げていた女たちもまた、
敗北の風の前では、
位牌にぬかずく指先の力を失い、
その祈りは“形ばかり”のものへと変わっていった。

坂口安吾は、この激烈な価値観の転倒を前にして、
「人間は堕落する。本性として堕落を秘めている」と書いた。
それは人間を侮蔑する言葉ではない。
むしろ「人間を正しく見つめよ」という、
深い静けさを帯びた呼びかけだった。

四十七士が今日に至るまで義士と称えられるのも、
切腹という美学のうちに生を閉じたからに他ならない。
もし彼らが生き続けていれば、
迷い、揺れ、凡俗としての“人間”をさらけ出し、
物語は別の姿を取っていたことだろう。

堕落とは、道徳的な失墜ではない。
人が背負ってきた仮面が一枚、また一枚とはがれ、
「素の魂」に還ってゆく過程のことである。
安吾はそれを“人間の自然”と呼んだ。

正義に燃えるのも己ならば、
そこから外れてしまうのも己。
そして、堕落したまま終わらぬのもまた己の本性だ。

人は落ちる。
迷い、揺れ、時には醜態をさらす。
しかし落ちきった場所で、人は初めて自分の底を見る。
その底には、なお小さく灯り続ける火がある。
それは「立ち上がれ」という号令ではない。
「ここからまた始められる」という、
静かで確かな温もりをたたえた光だ。

堕落は敗北ではない。
むしろ人間が本性へ帰るための下降運動であり、
そこから再び昇りなおす力までも、
同じ宿命の中に折り畳まれている。

安吾が戦後の荒野で描いた「堕落論」は、
いまを生きる私たちにも深く降り注いでくる。
人は落ちるからこそ己を知る。
美しさが剥がれ落ち、
語るべき正義がひとかけらもなかったことを思い知る。
生々しい呪いと呪縛に満ちた声こそ、
自分自身の声であったと気づくとき、
不意に不可思議な自由が胸にひらくのだ。

生きよ。
落ちよ。

正しく堕ち切ることこそ、
人間の生をまっとうするということなのだ。
そして堕ちたまま生きられるほど、
人間は悪に対して耐性を持たない。
常に美しさへの憧れを手放せないのも、また人のさがである。

正しく堕ち切った人間の生は、
そこから再び立ちあがるとき、
新しい輝きを得るに違いない。

この記事を書いた人

あぐり

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