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憂国忌に寄せて ― しにくるひの魂を継ぐもの

自決という方法でこの世を去ったひとを思い出す季節が、また巡ってきた。
年ごとに深まる寒気のなかで、あの日の光景は静かな影のように立ち上がる。
彼の死に対して投げつけられた、あまりにも矮小化された報道や論評。
そこに漂う軽薄さと無理解に触れるたび、胸の内には言葉にならない嫌悪が滲んだ。
けれど反論は、そのときには声にならなかった。
人の死を扱うには、言葉が軽すぎるという感覚だけが残った。

そんなとき、小林秀雄の一言が、思いがけず私を救った。
「大塩平八郎のような義挙」――。
三島由紀夫の死をそう語った老批評家の言葉は、どんな論評よりも静かに、深い場所で響いた。

彼が死を賭して守ろうとしたものは、文字では届かず、言葉では捉えきれない。
それは理論でも思想でもなく、大和の国に連綿として受け継がれてきた“何か”である。
論争や賛否の外側にあり、ただ純粋な魂のあり方によってのみ受け継がれてゆくもの。
しかし、もしかするとそれは“個人”に継承されるのではなく、もっと大きな、目に見えない流れのなかに属しているのかもしれない。

小林は言う。
三島が目指したのはクーデターの成功ではなく、「死ななければならない大義」の実現そのものだった、と。
ここでいう「大義」とは、政治的スローガンとは似ても似つかない。
彼が生涯をかけて追い求めた、美と精神の純度そのものである。
時代の混濁に耐えるために、肉体と精神を一致させようとする、激しいほどの執念。
人間が生命を賭してまで到達しようとする思想とは何か――その問いが、燃える残滓のように彼の内側に灯っていた。

しかし小林は、ただ讃えるだけの語りを避けた。
彼の呼びかけは、思ったほど誰にも響かず、波紋も立てぬまま空へ吸い込まれていった。
孤独の果てに、彼は自決に至った。
それは虚無でも破滅でもなく、人間の精神が極限に達したときに現れる“必然”のかたちであった、と老批評家は静かに見つめている。

義挙とは、正義の旗を掲げる行為ではない。
精神の火が逃れられない一点まで燃え上がったとき、人はただその道を歩む。
その炎を読み解くには、政治でも文学でも足りず、技巧的な分析はすべて表層にしか触れない。
古代から受け継がれてきた魂の系譜――その深層に触れたときはじめて、彼の死の意味が輪郭を帯びる。

あれは“彼”という個人の挙動ではなく、
しにくるひ――死を通して生を貫こうとする、日本の古い魂が一瞬あらわれた出来事だったのだと思う。

結びに一首を置く。
大和心とは説明されるべきものではなく、ただ静かに、こうして咲く花のようなものなのだろう。

しきしまの 大和心と 人問はば 朝日ににほふ 山桜花

この記事を書いた人

あぐり

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