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星読み師たちの総合ブログ : 大地 朝弓 アーカイブ

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ニコニコ顔

土手でゆうや2.jpg

先日、夫の実家で久しぶりにお義兄さんに会ったときのこと、
 

息子はお義兄さんに対して終始ニコニコ顔

以前は久しぶりに会ったりなどしたときはやや人見知りな様子を見せていた息子の変化に驚きました。

「成長したんだな~」と、感慨深く思っていたのですが、

 

幼稚園の先生から見た息子の印象が、
 

「いつもニコニコ○○君、泣かずに登園できるようになりましたね」でした。

息子なりの処世術を身に付けたんだな、と。。。

慣れない幼稚園で息子なりに適応したい気持ちと、

ニコニコしていればみんなから可愛がってもらえると思ってのことなのでしょう。

性格的にも社交的で、怒られてもすぐ笑顔になる傾向は以前からあったのですが、

3歳児にしてその頑張りは親として複雑に思えました

帰宅後の息子は疲れや眠さもあり以前より泣いたり、ぐずったりが多くなりましたが、

それは正直な子供の姿なので安心できる面もあります。

早すぎる子供離れした態度は本人が気づかなくてもきっと無理をしているにちがいありません。

家に居るときはできる限り愛情たっぷりに接してあげようと思いました。

幼い頃の思い出は一生に渡って引きずるものだと思います、

よく「昔は誰もいない家に帰るのが寂しかった」という話を聞きますが、幼い頃のそういった負の気持ちは忘れがたいようです。

小学校中学年くらいまでしっかり愛情をもらい育てられた子はその後は手がかからないという話も聞きます。

今回の件で、子育ては手間隙をかける大切さを実感しました。

写真:近くの土手にて

レッスン

薄.jpg

 

昨日は紫微斗数の個人レッスンの日

生徒さんは命宮、身宮に天空・地劫が入る方、とにかく占いが好きとあり、習得がすこぶる早く、毎回授業には熱が入ります。

毎回予想以上に勉強されてくるので、教える内容も予定以上になり、白熱したやり取りであっという間に時間が過ぎていきます。

今回は生徒さんが持参の鑑定事例を話し合い、月運・日運の出し方、自化忌・自化禄、ホラリー法を少し。

自化忌とは紫微斗数の中で最も悪いとされる化忌星をもっとパワーアップさせてもので、

一般的に本には載っていません、秘伝です♪

自化禄はというと、名前からしていいイメージが沸いてきませんか?

そう、紫微斗数の中で最もいいとされる化禄星がもっとよくなったもの★

両星は誰にでもあるわけではありません、

ない人もいれば、一つある人、二つある人。。。

ラッキー、アンラッキー度がだいぶ変わってきますね。

これは鑑定または、レッスンを受けられた方にのみおしえています^^

 

写真は近くの土手の風景 川の前の緑の前に広がっている薄がきれいでした

タロットカード

タロットカード Strength.jpg

六壬神課の的中率もすごいですが、タロットにも驚かされます

会ってもいない人の過去がわかり、

状況や環境をおしえてくれる

彼の元彼女(ものすごく強く・怖い人)がいきなり彼を連れ去ってしまい、

依頼者本人がどうしようもなく嘆き悲しみ、どうしていいかわからない。。。

という相談を受け、出たカードが↓

●力(Strength)       

女性が涼しげな顔をして凶暴な獅子の口を押さえつけて手なずけている

●棒ナイト(Knight of Wands)

逆位置 突然の予想外の出来事が起こり、動揺する

●剣9(Ix of Swords)

生涯を通して忘れられないような深い悲しみを味わう

 

それも、これは詳細をおそわる前に占ったのに。。。的確にカードが出ました!

一度ならずとも何度も続くと、これもまた神業だと実感。。。

 

最初タロットを始めたときに、耳鳴りをひどく感じたので止めてしまい、

しばらく封印していたのだけれど、また復活です(^▽^)v


タロットリーディングは感覚が大切

一枚のカードや全体のカードを通してイメージが沸いてくる

フィーリング判断が得意な私にはかなり向いているかもしれないと考え鼠(ちゅー)です♪

タロットは神社参拝でお礼というわけにはいかないし、

占いでお金を頂いている以上当然ですが、

神聖な仕事道具であるカードの扱いや霊的浄化の儀式は丁寧に行わなければならないといけないですね

ドイツ科学界を救った日本人(続編)

 赤羽土手公園.jpg  マラソン大会.jpg

今日は近くの荒川の橋を渡り、東京都北区の荒川沿いの土手へ


新荒川大橋野球場の前の土手の上の桜の並木道のようなところで、春は桜がとてもきれいなところです
 

昨日は葉も色づき始め、風に吹かれて落ちる木の葉の様が日の光に照らされて見ごたえがありました。
 

汗ばむほどのお天気だったので、哀愁は感じなかったのですが、
 

日暮れ時やもう少し寒くなると哀愁たっぷり秋の景色になるのでしょう。

土手の前にある新荒川野球場では大人から子供まで大会が開かれていて、あっちからもこっちからもボールを打つ音や歓声が聞こえてきて、
 

河川敷の道路ではマラソン大会が開かれていて、一時間以上も走る人の列が続いていました。

走るには暑すぎる気温でしたね、
 

年齢層は20-60歳代と広く、マラソンブームを感じさせる装いの女性も結構いました。


第38回タートルマラソン全国大会

http://www.turtle.or.jp/

 

空が広いし、水と緑と土があって心癒されました 


さてさて、前回の続きで、「語り継ぎたい日本人の物語」(後編)

「ドイツ科学界を救った日本人」 


ドイツにお金を支援する間、星自身は策略事件に巻き込まれ、一時は父親の元に身を寄せるまでになりながら

も、支援は一度たりとも遅延せずに送金を続けたのです。

見るに忍びないほどの窮状にあった星がいかなる金策に翻弄して届けたのかをドイツ側は知る由もありませんでした。


約束を履行すべく自宅まで抵当に入れて工面したのです。

 

このときから遠く歳月は過ぎ、昭和55年頃からドイツでは恩人である星に対する研究と顕彰が始まりました。

ドイツからの感謝の手紙に対する星の返信の中で、星は次のように書いています。

「我国の科学は長年にわたってドイツの学問から多大の恩恵を被ってきたこと、
 

 また当時大変な苦境にあったドイツの学問の盛衰は、世界の文化の命運と
 

 きわめて密接な関係にあることなどに思いを馳せるとき、
 

 私は自分たちの感謝の気持ちをいささかなりとも表明したかっただけなのです」

世界の進運に寄与する学問というものがいかに貴いものか、
 

その学問の危機を身を挺して救った実業家日本人がいたことは、
 

我国の誇りだと思います (おわり)

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長い歴史の中ではびっくりするほど偉業を成し遂げた方々が多くいるのですね。


そして語り継がれぬことはなくてもひっそりと素晴らしいことをおこなっている人もまた数多くいるのでしょう。

悪人の数ほど善人もいる

でも100年に一度の不況を乗り切るためには多くの人が互いに助け合い、思いやる気持ちが必要であり、
 

近所付き合いもままならない希薄な人間関係、自分から殻を破り、助けの手を差し伸べたり、助けを求めることで
 

忘れてた自分の優しさを引き出せるのかもしれませんね

 

 

ドイツ科学界を救った日本人

月刊致知の「語り継ぎたい日本人の物語」のご紹介です。(前編)

ドイツ科学界を救った日本人

「ショート・ショート」と呼ばれる掌編小説のジャンルを確立した作家:星新一(ほし しんいち)に、父星一(ほし はじめ)の半生を描いた「明治・父・アメリカ」という異色の伝記があります。

星一は若き日にアメリカを渡し、苦学してコロンビア大学を卒業、帰国して製薬会社や薬科大学を創設した一代の事業家です。


彼の事業の発展の転機となったのはモルヒネの製造でした。
 

当時(明治38年頃)、欧米からの輸入に頼らざるを得なかったモルヒネの需要の激増時期、
 

政府の専売品だったモルヒネの原料であるアヘンを合法な形で入手することに成功し、国内初のモルヒネ製造は軌道に乗り、飛躍的な発展を遂げました。
 

しかしその成功を羨む政治家や官僚たちに足を引っ張られ、陰謀により密輸容疑を捏造され、有罪判決を受けます(後の控訴により無罪となる)
 

そのことで事業は壊滅的打撃を受け、一時は破産宣告にまで追い込まれ、親戚宅に身を寄せることもありました。

こうした窮地に陥る直前の大正八年に星一は知人から、ドイツの科学界の窮地を聞きます。
 

第一次世界大戦終結後、敗戦国ドイツは過酷な条件でヴェルサイユ条約の講和条約を呑まざるを得ない状況下、世界に冠たるドイツ科学界も悪性インフレの直撃を被り、壊滅状況に陥っているとのことでした。

 

星は自ら援助したいと申し出て、二百万マルク(当時の邦貨で八万円)の破格の支援金をドイツ政府に送ります。

そしてさらなる支援の必要性を感じ、二回目として四千万マルク、さらにインフレに影響されない邦貨で毎月二千円以上を三年に渡り寄付するのです。
 

推定時価六億円ものお金に上る追加支援でした。

この援助を称え、エーベル大統領を始め、多くの著名人・会社社長が組織する会より、多くの章や市民権・記念品等が送られ、ドイツ政府より招待を受けました。
 

それは国賓に準ずる待遇だったそうです。

さらにドイツ産業界から送られたドイツ塗料の日本販売権一切を星に提供するという莫大な利益をもたらす誘いを星は次のように言って断ってしまいます。

「ありがたいことですが、それはいただくわけにはまいりません。
 

 自分が好意でおこなった寄付が、反対給付を期待してのものだったことになってしまいます。
 

 その権利は、必要としている人に公平に配分してください」

これを聞いた仲介人である友人は

「先方はくれるというのであるし、もらっておいても損はないのではないか?
 

 ・・・きみが同業者や官庁からつまらぬことでいじめられているのを知っている。
 

 そのための力強い援軍になるのではないか」と忠告したところ、

「同業者や官庁と争うのに、外国の後ろ盾でそれをやっては筋が通りません」と星が述べたといいます。
 

 言うまでもなく、日本人として恥ずかしいという意味です。

星に欲がなかったわけではないのでしょう。
 

判断や選択を迫られたとき、公の立場から見てどうなのか、如何に振舞うべきなのかという
 

「内なる規律」に従うのが常であり、その声に従ったまでであり、星という男はそういう男だったと。(続く)


 

 

 

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